2003年、ソニー・マガジンズが運営していた総合音楽サイト”musicnet”で、ウツが手相を見てもらうという企画がありました。今はもう”musicnet”というサイト自体がなくなってしまったようで、検索しても出てきませんし、残してあったリンクからも閲覧することができません。
当時ウツは46才。
wantokの頃。
手相の診断を数年後に答え合わせしようとテキストを保存していました。が、その存在をすっかり忘れてしまって数年後どころか18年経って古いデータの中から発掘。読み返してみたら、気になる一致があったので転載させてもらいます。
右手:社会とつながっている後天的な手相
左手:持って生まれた資質を示す先天的な手相
鑑定「手相は初めてですか?」
ウツ「いえ、5年くらい前にラジオ番組で観てもらったことがあります。すごいこと言われましたよ。“こんな手相は見たことない!”とか(笑)」
鑑定「まず第一印象は、手の厚み! 全体的に手の肉づきがすごくいいですね。特に右手の月丘(小指の下側のふくらみ)がいいです。物を作ることに長けているとここの厚みが出てくるんです。例えば体が大きいからここの厚みがあるかっていうと、決してそんなことないんですよ。それから生命線と頭脳線の間がこれだけ離れている人っていうのはめずらしいですね」
ウツ「そのときにも言われました」
鑑定「これはとにかく我が道を行く! っていうタイプなんです。周りがなんと言おうと自分がコレだと決めたらコレで行くんだ! っていう行動をとる。頭脳線がものすごくきれいですね。宇都宮さんは、現実としっかり向き合いながら物事をじっくり考え、いろいろなことを見極めていく方だということがわかります。あと、IQが高いってことでもあるんです」
ウツ「頭の回転、速いほうだと思いますよ(笑)」
鑑定「うん、わかります(笑)。中指に向かっているのが運命線なんですが、おもしろいことに宇都宮さんの運命線は、何本かの運命線が入り組んでいます。自分の人生のステージをどんどん切り替えていく人なんですね。具体的な年齢で見ていくと10代の頃、27~28才、32才、35才……というふうに、とにかく宇都宮さんは人生をステップアップして、その都度、自分の道を決めて進んできた人」
27~28才 = TMデビュー
32才 = ブレイク
35才 = ソロデビューまぁ…このあたりはプロフィールを見たらわかる話なので、手相を見てのことなのかは怪しい
鑑定「今後の運命線はこのまま真っ直ぐ伸びて56才まで続いています。そして56才からまた新たな運命線が出てるんですね。おそらく宇都宮さんの中で今までずっと、大きな節目が何度もあったと思うんですよね。45才から56才までの間は、課題は多少あるものの大変安定しています。そして運勢が再び変わるのが……」
ウツ「10年後……」
ウツが手術を受けた年。
手術当時は4月だったので正確にはまだ56才ではなかったけど、ここで大きく運命が変わった…?
鑑定「それから感情線を観ると、宇都宮さんがどういうタイプの恋愛をするとかが……」
ウツ「わかるんですか?」
鑑定「わかりますよ~(笑)。もともと恋愛におぼれたりハマったりするタイプではないですね。すごく冷静な眼を持っていて、相手に合わせようと一生懸命努力もするけれど、“違うな”って思うとあっさりとやめちゃう一面もある」
ウツ「へえ~」
鑑定「それから生命線が、すごく力強いですね。手首のほうまで回り込んでいるっていうことは、基本的に体力には恵まれているんですけど……けっこう無茶をされてきたと思うんですよね。左手の健康線がすごく入り組んでいて、それはムリをしているってことなんです」
ウツ「あはは! 無茶してますよ(笑)」
手首まで回り込む生命線!
世間的にTMは、天才プロデューサー小室哲哉が率いているグループだと思われているかもしれない。でも個人的には、TMは小室哲哉と木根尚登という2人の天才に、体力と運動能力とセンスで食らいついていった結果のブレイクだと思っていて。てっちゃんと木根さんは、遅かれ早かれ何らかの形で世に出た人たちだと思うけど、ウツは2人がいなければ世に出ることはなかったんじゃないかな。TMデビュー当時はすごく歌がうまかったわけでもないし、すごくカッコよかったわけでもないし、演奏の才能があったわけでもない。体力と運動能力でフロントマンを務め、センスでてっちゃんの曲を歌いこなした。
鑑定「でも多少ムリをしても、もともと持っている体力で上手にカバーされているから大丈夫。生命線の内側の丘がふくらんでいるということは精神的にも体力的にもスタミナがあるってこと。あとちょっと爪を見せてください……うん、こっちも大丈夫。爪に月が出てるのは、スタミナがあってパワフルで、自分のやりたいことがきちんと見えてるってこと。珍しいですよ、5本の指全部に出てる人。なので健康面では基本的には心配ないですね。でも爪に縦の線が出てるでしょう。これは食事のバランスや体調が悪いと出てくるんですよ。だから不摂生だけは気を付けてくださいね。あと……運命線と生命線の間にクロスを持ってるんですけど、このクロスっていうのは、家族――両親や兄弟のように自分にとって本当に身近な人たちに尽くしたり奉仕することで自分がハッピーになれるっていうものなんです。家族や仕事の仲間に対してすごく面倒見のいいところがあって、一生懸命することでよりハッピーになれる人なんですね。愛情の豊かな人です」
ウツ「すごい……」
鑑定「それに宇都宮さんはムードメーカー的なところがあって、周りの人のハートをポカポカにするっていう太陽線も持ってますね。他に聞きたいことはありますか?」
ウツ「やっぱり女性とかね。気になりますよね……(笑)」
鑑定「手相は不思議と、過去の恋愛に関してはきれいに線に刻まれるんですよ。宇都宮さんの場合は、30代までいろんな出会いを重ねてきた人だなっていうのが出てます。生命線の内側にパートナー線っていう異性との出会いを現わすラッキーな線が出てるんですけど、じつは20代の終わりから出たパートナー線は……途中で終わってしまっているんです」
ウツ「あはは!」
鑑定「35才あたりまではきれいに出てますね。これは宇都宮さんにとってすごく大切な人とのハッピーな出会いがあったっていう証拠。これから先のことは……残念ながら手相っていうのは不思議で、40代に入ってくると恋愛の線ってなかなか見えてこないんですよ」
ウツ「なるほど」
ウツのモテ期は30代後半で終了した模様…
言われてみると、アルバムのSpecial Thanks欄にしばらくお名前が載っていた方もこの頃くらいから見かけなくなった。木根さんもSpecial Thanks欄に家族の名前を載せていたのに時期を同じくして見かけなくなったから、身内をクレジットに掲載することに事務所やレコード会社の何かしらの意向があったのかな、と思っていたけど。
鑑定「でも宇都宮さんが思うよりも相手の人に思われるほうが多かった手相してますけど……いかがですか?」
ウツ「あ、はい(笑)」
鑑定「これは?」
ウツ「この線はケガですね……ほら。裂けちゃったんですよね。4針半くらい縫って。1987年くらいですね」
鑑定「うわっ! この傷あとが金星環(感性のアンテナ)に成長するといいですね。左手には出てますね。それから小指下側から真横に出てる線がありますね。これは反抗線と言って、逆境に強いんです。なんだかんだ言いながらも、なんとかその場の自分の障害に向かっていける人なんですね」
ウツ「へぇ。では、ずっと歌ってますかね?」
鑑定「一生でしょう。少なくとも今の運命線が勢いよく56才まできれいに出てるから、56才までは間違いなく!」
ウツ「歌ってる?」
鑑定「ええ。最終的には自分の決断ですが、宇都宮さんが“よし!”と歌い続けることを決めているなら、56才までは歌ってると思います。その後も運命線がちゃんと出ているので、どう変化していくか楽しみですね」
ウツ「今日で僕のだいたいのことがわかっちゃったんじゃないですか?(笑)」
穏やかな印象の宇都宮さん、実は大胆かつダイナミックな個性が手のひらのここかしこに光っています。大きな節目を何度も経験して一生懸命努力を重ねてきた結果が、運命線に現れています。また両手に奉仕十字があり、親しい人たちに尽くすことで幸せになる暖かいハートの持ち主です。今後もますます、宇都宮さんの道を極めていくことでしょう。
これを読んだ当時も「56才までは歌っている」はかなり衝撃だった。あと10年でウツが歌うのをやめてしまう…?この記事を残しておいたのは、とても怖かったから。鑑定士さんも「その後も運命線がちゃんと出ているので」という言い方をされているから「寿命が来るわけではない」と暗喩したのだろうけど、歌えなくなるほど運命が変わるって一体ウツの身に何が…と思いを巡らせたのを覚えている。数年後、答え合わせをして「な~んだ、今も歌ってるじゃん」と安心したかった。
確かに、病気をしてウツは変わった。
体型と声質が変わった。以前のように、オープニングからアンコールまでステージに出っぱなしで歌い続けることはできなくなってしまった。声質は繊細になった半面、細くなってしまったことは否めない。
でも、病気をしながら命が助かったのは奇跡的な幸運だったのかもしれない。「56才までは歌ってる」ということは、鑑定士には歌えなくなっている未来が見えていたはずだ。もしかしたら、ステージに立てなくなるほどの病気だったのかもしれない。もしかしたら、声の病気だったのかもしれない。手相を信じるか信じないかは正直よくわからないけど、ウツが強運で運命を変えたことには間違いなくて。生きていてくれることに感謝しかなくて。できればもう少し栄養を摂ってほしいけど、声が多少細くなっても、帽子が手放せなくなっても、それくらい何でもないと思えるようになった。